Goldensteps

個人ブログです 意義はないです

サッカー知らない人が手のひらを返しまくった末に知った楽しみ方の話

Twitterは自分でタイムラインを作りますので、ある程度は自分の興味と似通った人たちの会話が流れることになります。そんな中でも、昨夜はほとんどサッカーに関する話題一色のタイムラインとなりました。更に「色々と議論を呼ぶ試合内容」だったそうで、まともに試合を見ていない僕も何か言いたくなってしまう程でした。

今回、本当に「サッカー(スポーツ)の観戦の仕方」を全然知らなかった…… こういう考え・見方があるんだな、というのを短時間で色々と学べましたので、まとめてみたいと思います。

あくまで「サッカーのハンドならギリ分かる」レベルの無知な人間が、昨日のタイムラインに突然参加したという段階から始まる、ということを念頭にお読みください。オフサイド?いまだにわかってません。

★この記事では私のツイートを引用しますが、ものすごい勢いでテノヒラがくるくる回ります。ご気分を害される恐れがありますので、あらかじめご了承ください。

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ゲームレビューの価値

ゲームレビューというのは思ったよりも歴史が長い。

ビデオゲームに魅了された人々は、もしかしたら間違いなくレビューを求めていると言っても過言ではないのかもしれない。レビューそのものはひとつの「商業」ジャンルとしてすら成り立ちを続けてきた…… という事実がこれを裏付けているとも言える。

いや……? 消費者はただ単に「失敗した買い物をしたくない」だけなのかもしれない。有用なレビューは、自身のゲーム体験から無駄を削ぎ落す。そういう可能性を高めてくれる。それこそがゲームレビューの価値…… 本当にそうだろうか。

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Worlds Adrift 序盤の解説(前半)

おとうさんは きもちわるい せいぶつに ころされました

ざ・ふぉれすと は おわり あきた とも いう

もりのせいかつ は おわり つぎは そらのたび

序盤の序盤を簡単に解説します。船を作る準備段階まで。

◆Worlds Adrift

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※浮島から浮島へ 空を進む時は自由か不自由か

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The Forest 002

二日目

ゲームの解説とかしてても面白くないので、お父さん視点で書く。

 

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※翌朝の海岸線

夜が明ける。

昨日のこの時間にはまだ空港にもたどり着いていなかったというのに、明るい空を見上げるのはずいぶん久しぶりのことだと感じてしまう。他の生存者はいるのだろうか、息子を連れ去ったあの赤い化け物は何者なのだろう。

おぞましい集落があることはハッキリした。考えたくもないことだ。虹をみて感動できるような状況じゃない。だが… まずは生き延びなければ。息子に何があろうと、自分が死んでしまっては終わりだ。

水を確保するところから… ああ、我ながら絶望的な状況だ。全く自分自身を把握できていなかった。墜落のショックと、疲労はここまで判断力を低下させるのか。体の維持こそ第一の優先事項だと肝に銘じよう。

早朝は頭の回転が良いとするのは本当なのかもしれない。どれほど自分が危機的状況か、だいぶ冷静に捉えられているようだ。今日が最も大事だ。水を確保する、そして食料の安定化を探る。この二つ、集中しなければ。1日は短い。

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The Forest 001

The Forest 正式版の発売

4年間アーリーアクセスで開発が続けられていた「The Forest」が正式リリースされた。Steamクライアントのストアトップになんだかんだ表示され続けていた印象があって(これはたぶん僕がサバイバル系ゲームを触る傾向にあるからだろうけど)、古いタイトルという感じがしていたが、このタイミングで購入した。

The Forestは、飛行機の墜落事故に巻き込まれた父子の話。気が付くと、見知らぬ島の真ん中に落ちた飛行機の半身の中で倒れていた父親。かすかな記憶の中には、真っ赤な体の謎の人物が、ぐったりした息子を抱えてどこかへ行ってしまう光景が残っていた。

不運にも胸に消火用斧が突き刺さり絶命してしまったスチュワーデスから、その斧を引き抜く。他の乗客の姿はなく、散乱した食料と水分をひとまず掻き込み、そこかしこに落ちている旅行鞄を漁るところからゲームが始まる。

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※ゲーム開始直後、折れた機内から斧一つで旅立つ

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選択肢と生きる事

24日の朝、友人がこの世を去った。30代だった。高校時代の同窓生だ。

 

◆思考のはじまり

mastodon.cloud の中でこんな話題が出ていた。

「どこからを意識と捉えるべきか?」

その話題をつぶやいていた人物は、例えばイルカだとかの知性が高いとされる動物の扱いに対する議論へ考察をしている様子だった。

知性が高い… 心がある、といった視点から無闇な殺害はやめるべきだという議論について彼は考えていて、そこから逆説的に「ならば心がないとされた対象へは何をしても良いという話に拍車がかかり危険ではないか」と思考を巡らせていた。

 

どこからが”意識を持っている”ことになるのか。それは哲学的な問題か?科学的な話なのか?

見えない所のことを考えても先に進めない。僕はせっかくいま化学という分野で働いているのだから、僕なりにそこから考えてみようかと思った。

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半径一歩の行く先に(「できない」ことを考える)

人にはその時「できない」ことがある。

100メートルを9.58秒以上の速度で走る事は、恐らくウサイン・ボルト以外にできない。500ミリリットルのペットボトルに1リットルの水は入れられない。棍棒で何度も何度も頭を思い切り殴られて死なないこともできない。大体50時間以上は起きていられないし、コンロの火に手を当て続けて火傷をしないというのもできない。

同じようにして、僕は今から次の一歩を進むまで半径一歩の範囲までしか移動できない。そうして当たり前に、人には「できない」ことというものがある。

当たり前すぎて、誰にでもわかる。でも、当たり前かもしれないことに案外気付けていなかったりもする。それは僕もそうだし、これを読んでいる人もそうだし、ウサイン・ボルトだってそうなのだ。

そのようにして「できない」ことを責める人はいるだろうか?ウサイン・ボルトより早く走れないことに対して、日常の生活の中で責める必要のある場面というのは考えられない。誰だってわかる。

だけど「そうしたことに対して怒って/責めてしまう人」というのがいる。

それは僕かもしれないし、アナタかもしれない。または、Twitterでおかしな怒り方をしている人かもしれない。でも、誰でもそういうことをしてしまう恐れがある。

「どうしてお前は100メートル9.58秒以上の速度で走らないんだ!」

と叱ることが、僕にも、アナタにもあるかもしれないという話。

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